「PlayStation 5」と「Xbox Series X」が市場に投入され,大きく盛り上がることは間違いない2020年のゲーム業界。その中にあって,ソニー・インタラクティブエンタテインメントが昨年に引き続いて参加しないことを発表したり,北米の著名なゲームジャーナリストであるジョフ・キーリー氏が「E3 Coliseum」からの引退を明らかにするなど,「E3」という大規模ゲームイベントの価値が問われる状況に陥っている。今回は,不十分な情報管理が発覚してしまった運営元のESAの話も交えて,到来しそうな欧米ゲーム業界の変化を紹介しよう。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントは
2020年もE3に参加せず
北米のゲーム情報サイトGamesIndustry.bizは2020年1月13日,ソニー・インタラクティブエンタテインメントが6月9日〜11日にロサンゼルスで開催されるゲームイベント「E3 2020」に参加しない意向であると報じた。同社はその理由として,「十分に検討を行った結果,E3 2020に参加しないことを決定しました。組織としてのESA(Entertainment Software Association。E3の運営を行っている北米のゲーム業界団体)には十分な敬意を払っていますが,E3 2020が今年,焦点を当てるのにふさわしい場ではないと感じています。我々は今後,世界中の数百の消費者イベントに参加することで,2020年のグローバルイベント戦略を構築していきます」と述べている。「数百の消費者イベント」が具体的に何を意味するのかは今のところ分からないが,全米各地にPlayStation 5が試遊できる場を設けるということだろうか。
ご存じのように,2020年はPlayStation 5だけでなく,MicrosoftのXbox Series Xも市場投入される予定となっており,欧米ゲーム市場にとっては世代交代が起きるマイルストーン的な1年になることは間違いない。1995年にE3が始まって以来,ほとんどの新世代コンシューマ機はE3で詳細が発表され,多くのメディアに報道されるという流れが普通で,例年,開催時期が近づくと多くのゲーマーがソワソワしてしまうような,「ゲームの祭典」として評価されてきた。
ところが,本連載でもたびたび書いてきたように,長らくブースを出展していないRockstar Gamesはもちろん,Activision BlizzardやElectronic Artsなど,ESAの主要なメンバーであるはずの大手パブリッシャが次々に会場に顔を見せなくなってきている。ESAは「2020年には大きな変革を用意している」と発表し,さらに2万5000人分の一般向けチケットの販売を行うことを明らかにしていたが,ソニー・インタラクティブエンタテインメントが戻りたくなるような「変革」を提示できなかったということなのだろう。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントは続けて,「私達が重視するのは,ファンの皆さんにPlayStationファミリーの一員であると感じてもらうことであり,お気に入りのコンテンツをプレイできることです。今年もPlayStation 4向けに素晴らしいラインナップが用意されており,さらにPlayStation 5の発売に合わせて,ファンと共に過ごす1年間のお祝いを心待ちにしているのです」としている。
これを読む限り,E3がどれだけ一般向けのチケットを販売しようと,限られた地域のローカルなイベントであることに変わりはなく,世界に散らばるファンに対して自分達が望む形でアピールできないことを懸念しているようだ。ゲームビジネスは年を追ってグローバル化が進み,PlayStation 3は24か国でローンチされたが,PlayStation 4はそれが59か国に倍増している。アメリカのゲーム市場は依然として巨大であるものの,各地域によりふさわしい形にしていくべきだと考えているのだろう。
さらに,E3のようなイベントでは,ほかの人気タイトルやライバルメーカーの前に自分達の発表が埋没してしまうという懸念もあるはずだ。我々メディアや消費者は,同じタイミングで発表してくれたほうが,優劣を直感的に比較しやすく,ありがたいのだが,期待されていた要素が欠けていたり,ステージのライブデモでミスをしたり,幹部が軽い失言をしたりしただけで消費者の気持ちが大きく離れてしまうといったリスクもある。
それでも,「PlayStation 5がE3 2020で披露されない」というのはゲーム業界にとって大事件であり,個人的にも非常に残念なことだ。
ゲームイベントのデジタル化は止められない
GamesIndustry.bizが2019年9月17日に掲載した記事によれば,ESAはE3 2020向けの改革プランとして,同イベントを「ファン,メディア,インフルエンサー達の祭典」と位置付け,地元のプロバスケチームであるLAレイカーズの選手にバスケットボールゲームでをさせたり,ハリウッドのエージェントと契約してセレブを出演させたりなど,ゲーマーからするとピントの外れた企画を用意するという。これが事実なら,ソニー・インタラクティブエンタテインメントが,この重要な年にゲームとは無関係の方向に向かうE3に参加しないことは,むしろ評価すべきことであるという気がする。
キーリー氏は,2017年以降,E3会場の隣にある大型施設で行われる「E3 Coliseum」という一般向けのイベントのホストとしてゲーム業界の有名人を招いてトークを行っていたが,2月上旬,E3 2020の公式サイトから出展社情報がリークするという出来事が起きた。それを不安に思ったことから,チケットの販売前に自らのスタンスを正式発表したようだ。
キーリー氏は,The Game Awardsが現在のゲームイベントに対する自分のビジョンであるとし,「現在,我々はフィジカルとデジタルの興味深い交差点にあり,ゲーム業界のトレードショーも形が変わってきています。過去25年間のすべてのE3に参加してきた私にとって感情を揺さぶるような決断ですが,客観的に見た場合,E3は世界規模でゲーム業界とファンをつなぐイベントとしては1つのアイデアにすぎません」と,E3の改革スピードに不満を抱いているようなコメントを出している。
E3が情報をリークさせたのは今回が初めてではない。2019年8月にはE3 2019に参加したゲームジャーナリストや業界アナリスト2000人分の情報が,公式サイトで閲覧できる状態になっていた。これを見つけた関係者がすぐにESAに報告したことで,現在までに大きな問題は起きていないようだが,その人物が個人情報の部分を黒塗りにして公開したキャプチャー画面では4Gamerの名前も確認できることから,長年にわたってE3に参加している筆者自身の情報も流されたと思われる。個人住所で登録していることの多いフリーランスのジャーナリストが被害を受ける可能性もあり,ESAの脆弱な情報管理には驚くばかりだ。
ESAは,家電業界の一部として扱われていたゲーム業界が巨大化し,ゲームの暴力表現に対する規制も訴えられるようになった1990年代前半,大手パブリッシャのイニシアチブで設立された組織で,E3の運営のほか,政府に対するロビー活動などを行っている。しかし,銃犯罪が起きるたびにゲームが批判されることや,アメリカ以外でも懸念されているルートボックス問題などにも十分対処できているとは言えず,存在感そのものが薄れつつある。
数年後に訪れるであろう完全なデジタルサービスへの移行や,5G/6Gに代表されるネットインフラの整備,さらには,家庭用ゲーム機の存在理由さえ問われるクラウドゲームの発展など,E3が取り上げるべきテーマは多岐にわたるはずだった。PlayStation 5とXbox Series Xに加えて,噂されている任天堂のNintendo SwitchのProモデルが姿を見せるかもしれない今年のE3を,欧米ゲーム市場の方向性を決める重要なイベントして訴えることもできたはず。しかしESAはイベントのデジタル化という波に乗り切れていなかったようだ。E3 2020は,E3が大きく変化する前触れのイベントとして将来,記憶されることになるのかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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