『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるゲームコラム“名前のないゲームコラム”。今後定期的に“ゲームシナリオライターよもやま話”をテーマにお送りします。
ゲームシナリオライターよもやま話 バックナンバー
ゲームシナリオライターよもやま話:その7
ゲームシナリオ業界ブラック話
わりと珍しくない怖い話
昨今、ツイッター等による情報拡散が格段に早くなったせいか、あらゆる業界におけるトラブルの話題をよく目にします。ではその点ゲームシナリオ業界はどうなのかと問われると、残念ながら私自身トラブルに見舞われたことは一度や二度ではありません。今回はそんなトラブルのお話です。
ただ始めに申し上げておきたいのですが、発注側だろうとライター側だろうと意図的に誰かを困らせてやろうとか、悪意をもって嫌がらせをしてやろうといった事例は、少なくとも私は一度も経験したことがありません。トラブルというのは往々にして認識の違いとかそういった些細なことから発生するものなんですね。
なお、例によって守秘義務がありますので内容を一部改変している点はご容赦ください。
【事例1】勝手にテキスト改変
最近のような、いわゆるソシャゲーが流行るより前の話です。
あるゲームプロジェクトでシナリオをスケジュール通りに提出したところ、クライアントからこんな申し出がありました。
「メッセージウインドウの仕様が決まりまして、頂いたシナリオに改行を入れるなどの調整をする必要があります。場合によってはシナリオも修正する必要があるのですが、構いませんか?」
もちろん私は即座に「構いません」と返答しました。たとえば「横22文字・縦3行」といったように、ゲームでは一つのメッセージウインドウで表示できる文字数が決まっています。ただシナリオを発注する段階では、この仕様がまだ決まっていないことは珍しくありません。
この案件がまさにそうで、当然ながらシナリオを提出した後でメッセージウインドウの文字数に合うようシナリオを調節する必要がありました。必要なことなんですから私に拒否する理由なんて一つもありません。ところがです。
「ゲームの仕様に合わせてテキスト修正ができました。ご確認ください」
と、先方から戻ってきたシナリオを見て腰を抜かしました。
シナリオの流れは元のままだったのですが、シナリオテキストの内容があちこち改変されているんです。「改行を加えた結果として入れた修正」というレベルではありません。私のシナリオを一文一文別の人が書き直したレベルです。
それが元より面白くなっていたなら、私に言えることはなにもありません。自分の腕を恥じ入り、「よく修正してくださいました」と土下座してお礼を申し上げるべきでしょう。
ですが――なにをどう控えめに見ても、明らかに下手になっている。なにをどう冷静に見直しても、シナリオに書かれている言葉の羅列が意味を為していないレベルだったんですね。
しょうがないので全てのテキストを見直し、修正要望を出しました。後にも先にも「この会話、日本語の意味が不明です。よく読み返してください」という指摘を山のようにしたのはあのときだけです。
とはいえ、いくら修正をお願いしようともはやこのシナリオは他の人が書いたものであり、元には戻りません。仕方ないのでクライアントにお願いしました。
「これはもう私のシナリオではありません。私の名前をスタッフロールから外してください」
私の事情に配慮してくださったのかどうかは分かりませんが、幸いこの提案は受け入れられました。シナリオ自体は納品も終わってるわけですから、ギャランティも普通に支払われるわけです。この際、職務履歴に書ける項目が一つ減ることは受け入れなければなりませんでした。
しかもこの話はまだ終わりません。後に同業者の飲み会などで、この業界の大先輩に愚痴ったことがありました。
「ある案件で勝手にシナリオ書き換えられて、結局スタッフロールから名前を外してもらったんですよ。ひどいと思いません?」
さて、ここで問題です。
そのとき先輩が私に言ってくださった慰めの言葉とはどんなものだったでしょう?
正解は少し下で!
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正解はこちら。
「名前を外してもらえる許可が出てラッキーだったな!」
今でこそこんな事例は少なくなりましたが、一昔前ですとわりと当り前だったんですね。シナリオライターの書いたシナリオが、勝手に書き直されるということが。
念のため申し上げておきますと、ゲームシナリオというのは「ゲーム制作会社の方で自由に改変して構いませんよ」という契約のもとで執筆される場合がほとんどです。これは当然のことで、たとえばリリース直前に誤字が見つかった場合など、自由にテキストを修正できないと進行に大きな悪影響を与える可能性だってあるわけですから。
ですが普通は限度があり、少なくとも原型より面白くなくなる修正はされないはずなんです。
この件ではたまたまその限度を越えた修正があったというわけですね。その点では残念でしたが、一方自分の名前を削ってもらえる許可が出たという点で、私はラッキーだったということです。救いのない話ではありますが。
なお繰り返し申し上げますが、この事例はかなり昔にあった話で、最近はゲームシナリオライターという地位が確立したこともあってか、こういった限度を越えた修正をされたという事例に遭遇したことはありません(注:私個人の範囲ですが)。
【事例2】発注キャンセル
もうこれはシナリオライターに限ったことではなく、フリーランス全般に言えるお話です。幸い、流れを解説するにはこの数行で事足ります。
「3月から是非この大きい案件を受けて欲しいんです!」
「分かりました、では3月以降のスケジュール空けときます!」
↓一か月後
「しばらく連絡できなくてすいません。あの案件、発注キャンセルします」
ゲームシナリオというものは、場合によっては数か月にのぼる作業が必要なお仕事です。そのため大きな案件を受けるとなれば、事前にスケジュールをしっかり確保しておくことが非常に重要です。
スケジュールの確保とは、ようするに他の予定を入れない、他の仕事を受けないということです。前述の例で言えば、3月は他社から仕事の依頼があっても断るということです。
これだけでお察しいただけると思います。スケジュールを確保していたにもかかわらず、その発注をキャンセルされることの被害の大きさが。この場合、3月は完全にお仕事がなくなり、それどころか他に頂いた仕事の打診を断った事実だけが残るわけです。もし貯金がなければ食うに困るレベルです。
ただでさえ一つの案件を受ける際には、ビジネス的なメールのやり取りから始まってMTGを繰り返すのが基本です。MTGのために相手側の企業へ行くとなれば、外出の準備をしたり電車に乗ったりで大体の場合半日は潰れます。その交通費も日当もすべてパアということになれば、まさに被害は甚大です。にもかかわらず、こういった事例はかなりよくあります。
ただ、一方的な発注キャンセルというのは「下請法」や「独占禁止法」といった法律に違反する可能性が高い行為とされています。そういった法律を持ち出して交渉した結果、損を取り戻せた場合もありました。
実はライターも大概ひどい
ここで一つ申し上げておきたいのが、私がライターの立場ですから「こんなひどいクライアントがいた」という話をしていますが、クライアントの立場から見ても「こんなひどいライターがあった」という話は当然あるということです。
たとえば通称“ドロン”(注:他にも呼び方はたくさんあります)。
シナリオ執筆の依頼を受けたにもかかわらず、なんらかの理由で筆が止まってしまう――というのはライターなら誰だってあることです。
それはいいのですが、書けないままなんら報告も相談もせず締切りを迎え、そうなるといよいよ何も言い出せなくなるのかそのまま雲隠れしてしまう行為のことです。ライターの悪行の最たるもので、新人さんには誰もが口を酸っぱくして「絶対これだけはやるな」と教えるのですが、それでも「誰それがドロンした」という話はよく耳にします。
ドロンまでとはいかずとも、締め切りを破るライターだって少なくありません。私も締切りを2か月ぶっちぎったライターを知っています。すいません、私のことです。
ロタ中毒という食中毒が原因で、家族全員が順番に罹患しました。感染予防のため外出もできず、私が寝込んでいたときは当然仕事どころではありませんし、妻が寝込んだときは私が育児と家事を担当してやっぱり仕事どころではなくなってしまいました。結果として当時抱えていた締め切りを、2か月ぶっちぎってしまったというわけです。
幸いこのときは早い段階で「すいません、スケジュールやばいです」と相談していたこともあり、またゲーム開発の方に遅れが出ていた関係で、簡単に締め切りを延ばしてはもらえました。報告・連絡・相談こと“ほうれんそう”はつくづく大事です。
ただ、これはたまたまスケジュールが延期できたので大事にならなかったというだけです。もし私のシナリオが遅れたせいでゲーム制作に遅延が出るようなことがあれば、私の悪名が業界に轟いたに違いありません。
【まとめ】実は誰も悪意はない
というわけで、今回はゲームシナリオ業界にまつわるいくつかのブラック話を紹介してみました。実を言えばこんな話は序の口、ゲームシナリオライターなら誰でも知ってるような、ごくありふれた一般的なブラック話に過ぎません。本当に闇の深い話は一発で関係者に分かってしまうのでとても触れられないんですね。
なお、重ねて申し上げますが、悪意があって生じるトラブルというのはそう滅多にあるものではありません。企業が発注キャンセルするなんてよほどの事情があったんでしょうし、ライターが締切りを破ってしまうことにも不慮の事故や失恋といったどうしようもない事情は付きものです(遊んでて遅れた、というライターがいることを否定するものではありません)。
もちろん被害を受ける側からすれば「勘弁してくれ」という話ですが、どこにどういった原因があるかを明白にし、対処法を早めに相談することで、解決できることもまた多いです。
ちなみに、発注キャンセルといったよくあるトラブルの際に重要な判断基準の一つとなるのが法律です。下請法や独占禁止法に基づき、「あなたのやってることは違法行為です」という主張ができれば、少なくとも誰に責任があるのかは非常に明白にできます。
ただ一方で我々ゲームシナリオライターはもちろん、ゲームシナリオを発注するクライアント側であっても、こういった法律は知られていないことが少なくありません。もしあなたがゲームシナリオライター、もしくはゲームシナリオを発注する側を目指すようなことがあれば、下請法の勉強だけはしておくことを強くオススメします。
なおこれは単なる便乗宣伝なのですが、私もシナリオライターとして何度も痛い目を見た結果、弁護士さんに話を聞いたりと自然と対処法を学ぶこととなりました。
せめて受けた損を取り返すためにも――とそういった対処法をコラムとして『小説家になろう』というサイトに投稿していたところ、幸いにも書籍化の機会に恵まれました。それがこちら。『フリーランスが知らないと損する お金と法律のはなし』という本です。
「下請法の勉強って言ったってどうすればいいのか分からない!」なんてときは思い出して頂ければお力になれるかもしれません。
師走トオル氏プロフィール
ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。
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November 22, 2019 at 09:45AM
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